鳩さんと書くと、何となく鳩山前総理を思い出してしまいますが、この鳩は、空を飛ぶ鳩のことだ。
10年以上前に、事務所として使っているマンションのベランダに鳩除けのネットを張った。しかし、このネットもくたびれてところどころ穴が開くようになった。それでも鳩は警戒して中には入らないと思っていたのだが、ある日ふと見ると大量の糞と羽が落ちているではないか。くそ!何とかしなければならない。
今度は前よりも丈夫なゴルフ練習用の緑のネットを購入して以前のネットに重複して掛けた。しばらくは効果があると思っていたのだが、敵もさる者、中に入らず、外側の仕切りのコンクリート上に大量に糞をするようになった。この幅10cm位の狭いブロックの上で、鳩が2羽仲好く並んでいる。悔しい。
最終的な対策は、古い青い洗濯用の物干し竿を折って半分にして、下記のようにネットの下に掛けたループにひっかけて、ネットの下端を道路側に出すようにした。
これでブロックからネットの下端は大分離れることになるので、さすがの鳩もこれでは留まれないだろうと思った。ある朝、鳩がこのロープに停まっているところを見た。ロープがブランコのようにゆらゆら揺れるので、居心地が悪そうだった。すぐに飛び立ってしまった。やった!成功だ。何とか鳩さんとの最終決戦に勝利した。
本当かな!
先週に墓掃除に帰省し、13日のお盆の入りから再び家族で帰省した。仙台から気仙沼への高速道路はまるでラッシュ時の一般道のように混んでいた。
気仙沼から仙台への戻りは、高速道を避けて一般道を利用した。昔は、気仙沼、本吉、佐沼、米山、涌谷、鹿島台、松島のルートをとって約3時間かかった。今回は2時間40分ぐらいに短縮された。渋滞もなく、時間はかかるものの精神的には楽な旅行だった。
肝心の墓参りは14日に行った。家族で法玄寺の裏山にあるお墓を目指した。墓地の駐車場はすでにいっぱいで、魚町の駐車場にとめて、歩いて山を登った。実家のお墓は墓地の一番高い所にあって、そこから気仙沼湾を一望できる。これが楽しみで急な坂を上る。
先週山ボウシの枝の選定をしていた時は気付かなかったのだが、土曜日の夕方、垣根に水やりをしていた時に発見した。つぼを逆さにしたような、アーサー・C・クラークのSF小説に出てくる宇宙ステーションような形をした蜂の巣だった。
かなり以前、紅要の間に巣を作られて、その撤去に苦労した覚えがある。蜂が出入りしている状態だったのでいったん殺虫剤で蜂を遠ざけ、大きな紙袋で巣を包み、枝ごと撤去した。蜂の攻撃を防ぐため完全防備で作業したことは言うまでもない。今回の蜂の巣はすでに放棄されていて撤去は簡単だった。
蜂はラベンダーの花に毎日のように集まります。その蜂がいったいどこから来るのかあまり考えないようにしています。
梅雨明け後の暑さの到来は、半端ではない。自宅では扇風機が大活躍で、何とかエアコン無で過ごしている。多分、一度エアコンを使うと、この夏そのままエアコン頼りになってしまう恐れがある。エアコンの冷房はその時は良いが、後で必ず体調を崩す。
さて、仙台市のある日の夕方、泉ヶ岳方面の空がダイナミックに茜色に染まっている。 ソフトクリームの表面のように雲が非常に滑らかで、夕日に染まって美しい。
梅雨の真っ盛り。紫陽花の白い花弁が雨に濡れて生き生きとして美しい。一方、山ボウシは色あせ、花弁が落下し始めた。今年は花弁が多いので落下した花弁の掃除が大変だった。
大相撲の野球とばく問題で、名古屋場所を謹慎する武蔵川理事長の代行は賭博問題を調査する特別委員会が推す村上弘義外部理事(元東京高検検事長)に決まった。
これは余りにも行き過ぎではないか。国家権力の中枢にいた人間が、国民の娯楽の世界に入ってきた。まるで戦前の国家権力による娯楽統制を思い起こさせる。どうせなら「やくみつる」さんや「内館牧子」さんが代行になればよかったのにと思う。社民党や共産党は何も言わないのか。民主党の文科省大臣には失望した。野球とばく問題に対する文科省の「指導」が、いつの間にか国家権力の「介入」になっていないか。娯楽は大衆のもの。決して権力に介入させてはいけない。
今年も「沙羅樹(シャラノキ)」の白い花が咲きだした。毎年、木のてっぺん側から咲きだした徐々に下界へ降りてくる。ただ、今年は少し違ってなかなか下界の方へ降りてこない。7月の初旬には一斉に咲きだすはずなのだが、少し遅れ気味です。
「沙羅双樹の花の色」の”沙羅双樹”と「沙羅樹」は別物だそうだが、そもそもインド原産の”沙羅双樹”は日本では育ちにくい。
平家物語の「娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす」で、なぜ”花の色”が隠喩として用いられているのか少し疑問がある。沙羅樹の花は盛りが過ぎると枯れる前にぽたりと地面に落下する。色があせる前に落下するのでこの句は成立しないと思うのだが。
7月に入り梅雨の合間の晴れの日に、泉ヶ岳を撮影した。重たそうな雲が泉ヶ岳のすそ野を覆い、少しだけ掛け軸の山野図を思い起こさせる。
山頂とその上の雲の間に、初夏の青空が垣間見える。
こう暑いと、まだ6月だが初夏といっても良いのではないだろうか。6月の初旬までストーブを時々使っていたのが嘘のようだ。
夏の雲が登場し、突然の雨。雨上がりには虹が上がっていた。この虹がもっと鮮やかに見えると、本格的な夏の到来である。
6月の最後の日曜日は午後から雨が降って梅雨らしい蒸し暑い一日になった。我家の駐車場の脇に植えてある紫陽花が今年も大きな白い花弁を開いた。我家の紫陽花は雨が降ると生き生きとするようだ。白い花弁が一層勢いを増す。
参議院選が始まったせいで、我家の周辺でも各候補の演説で賑わっている。昔に比べてだれが当選するかはっきりしないので、桟敷席の有権者には結果が楽しみだ。ある意味ではFIFAのサッカーの試合を観戦するような気分かもしれない。日本が善戦してもしなくても私の生活は変わらないのだから。
夕方に庭で夕涼みをしていたところ、西の空が異様に明るく、茜色に染まっていた。自宅に戻りカメラを取り出し、貯水池へ向かった。なんと、貯水池を挟んでみた泉ケ岳は真っ赤に染まっている。特に稜線がくっきりと鉛筆でなぞったように描かれている。自然の偉大さ、奥行きの深さを感じたところだ。泉カ岳の風景は刻一刻と変化する。またたく間に明るい空が暗く染まる。幸いなことに、日が沈む直前の最も美しい山の姿をとらえることができた。
梅雨入りしてからどう云うわけか、晴れた日が続く。今日は特に蒸し暑く、初夏というよりは真夏の夕べを思い出させる。カメラで写した風景は、自分の目で見た風景と大分異なる。夕焼けの泉カ岳の実物は、写真よりもはるかに美しく、自分のカメラ技術の無さを実感したところだ。